未来原価回避能力と未来収益獲得能力って何なの?

日商簿記1級 過去問147回で出題された理論問題
第147回の原価計算では、連産品の理論問題が出題されました。
連産品の計算で正常市価基準を用いて連結原価を按分するのは( )にもとづく計算である。
( )に入るのは何か?という問題です。
選択肢は以下4つ。
- 価値移転
- 未来原価回避能力
- 負担力主義
- 未来収益獲得能力
連産品の理論問題としては定番の内容です。出来た方も多かったことでしょう。悩んでしまった方は、こちらの記事読んでみてください。ズバリの解答と解説が書かれています。
さて、この問題、即答された方は他の肢(あし)の意味なんて特に考えたりしなかったことでしょう。もちろん、本試験中はそれでOK。
ですが、どうでしょう、他の肢の意味も知りたくないですか?(え、別に知りたくない?まあ、そう言わず…)
未来原価回避能力と未来収益獲得能力って、どういう意味なんでしょう。ちょっと興味を持って、ネットで検索された方もいるかと思います。でも、さくっと分かるような情報は出てきません。そこで、簡単に解説してみたいと思います。
直接原価計算VS全部原価計算
価値移転的原価計算と負担能力主義が、いわゆる個別原価計算・総合原価計算VS連産品の計算のことであるのに対して、未来原価回避能力と未来収益獲得能力は、いわゆる直接原価計算VS全部原価計算のことを言っているのです。
話はさかのぼること60年以上前。1950年代の頃のことです。
今でこそ、財務会計(外部報告目的)では全部原価計算が当たり前であるとされていますが、これに異を唱えた人がいたんです。その名もマープル。大理石か!いや、それはマーブル。甘くておいしい樹液か!いや、それはメープル。そんなことはどうでもよくて、とにかくマープルさんって人がこう言ったのです。
全部原価計算っておかしくないか?と。
まあこれは、みなさんもご存知の定番論点で、確かに全部原価計算は経営者感覚で言うとかなりおかしいわけです。
簡単な例で考えてみましょう。
- 第1期:100個作ったら100個全部売れた。
- 第2期:前期の調子が良かったので200個作った。でも80個しか売れなかった。120個余った。
- 第3期:余った120個を販売した。
さて、この3期間の販売単価と原価が一定だとします。仮に販売単価は@3万円、原価は変動費が@1万円、固定費は各期100万円としましょう。
では、第1期、第2期のどちらが儲かったでしょう?
経営者10人いたら9人までは第1期と答えるんじゃないでしょうか。というか経営者じゃなくても90%以上の人は第1期と答えると思います。それが普通の感覚です。
しかし、全部原価計算によれば第1期の利益は100万円で、第2期の利益は120万円です。(ちゃんと計算できますか?)
ということで、まあ、確かにおかしいわけですよ、全部原価計算って。これが、直接原価計算なら、第1期の利益は100万円、第2期の利益は60万円で、経営者の感覚に沿います。
そこでマープルは訴えたわけです。こんなおかしな計算を財務会計(外部報告用目的)で使うのはよろしくない。直接原価計算にしようと。
そして、これに真っ向から立ち向かったのがブラメット。全部原価計算派です。この論争、10年近くも続きました。
何をして儲かると考えるか
さてマープルとブラメットどちらが正しいのでしょうか?
これ、どちらかが正しくて、どちらかが間違えている、という話ではないんですね。両方合っている。では、なぜ異なる結論になるのか。それは両者の「儲けとは何から得るものか」という概念が異なるからです。
直接原価計算論者はこう考えています。「儲け」は販売によって生じるものだと。まあ普通ですね。
しかし製造業は販売だけを行っているわけではありません。「作って」「売って」いるのです。そこで、全部原価計算論者はこう考えているのです。「儲け」は販売だけでなく、製造によっても生じているものだと。
さきの例で言えば、第2期は第1期に比べて少ししか売れていないけど、第1期の倍作ったわけですよね。ですから、全部原価計算によれば利益が増えてしまうのです。
これをテーマにした過去問もあります。120回がまさにそうです。126回も近いですね。お手持ちの方は見てみてください。
棚卸資産の価額が異なる
さらにいうと、直接原価計算と全部原価計算では、B/Sに計上される棚卸資産の価額が異なります。要するに製品勘定として計上される額が、全部原価計算の方が大きくなるわけですね。
先の例で第2期の120個の在庫金額を計算してみてください。
- 直接原価計算だと、変動費@1万円×120個=120万円、
- 全部原価計算だと、(変動費200万円+固定費100万円)÷製造量200個×在庫量120個=180万円になりますよね。
これが製品勘定としてB/S計上されるわけです。そして、この両者の差額60万円がイコール全部原価計算の利益と直接原価計算の利益の差額になるわけですね。
この理屈が、まさにそのまま固定費調整です。(2級範囲ですけど、大丈夫ですか?このあたり1級受験生でもあまり理解されていない方をよくお見かけします。)
で、いよいよ本題です。前置き長すぎてごめんなさい。
そもそも資産とは何なのさ
直接原価計算論者は、このB/Sに計上された製品原価が「変動費だけで構成されるべきである」といいたいわけです。
対して、全部原価計算論者は、B/S計上の製品原価は「変動費+固定費で構成されるべきである」といいたいわけです。そこの争いになったのです。
そこで「そもそもB/Sの資産っていったい何なのさ?」という議論になったわけですね。
これに対して、直接原価計算論者は「資産の価額っていうのは、それだけの金額を払ったら、その分はもう将来払わなくても良いということを意味する金額である」と唱えたわけです。ちょっと分かりにくいですね。
例えば材料が1kgあたり1万円で、当期は100kg消費予定だとします。つまり100万円分必要です。で、当月に10kg買ったとしてストックしておきます。材料費は10万円です。
これは、将来購入予定の100万円のうち10万円はもう払わなくて良い、つまりあと90万円払えば良い、ということを意味する金額だ、と言ってるわけです。なんとなく屁理屈っぽい気もしますが、まあそういうことです。
これに対して、全部原価計算論者は「資産の価額っていうのは、それだけの金額を払ったら、少なくともその分は将来収益をあげられるはずだ、ということを意味する金額である」と唱えたわけです。
これは、分かりやすいでしょう。というか、現在の概念フレームワークの資産の定義そのものですよね。「資産とは、過去の取引または事象の結果として、報告主体が支配している経済的資源をいう。経済的資源とは、キャッシュの獲得に貢献する便益の源泉をいう。」声に出して読みたい日本語です。
ということで、この議論は、個人的にですが全部原価計算論者の方に分があるような気がします。
未来原価回避能力と未来収益獲得能力
前者の直接原価計算論者の話は要約すると「資産とは将来払うお金の節約額である」です。これを未来原価回避能力というのです。
後者の全部原価計算論者の話は要約すると「資産とは将来得られる可能性のある金額である」です。これを未来収益獲得能力というのです。
ということで、これらの意味、お分かり頂けたでしょうか。
工原の理論問題においては、一度出題された用語が繰り返し出題されることがあります。念の為、意味だけでも覚えておいてください。
